会社名のネーミングイメージ

会社名のネーミング

ホンダ(本田技研工業)

本田技研工業と言えば、車やバイクの「Honda(ホンダ)」として世界的に有名な存在です。

常に自動車工業の最先端を突き進むこの会社の製品には「インスパイア」や「オデッセイ」「フィット」など、シンプルながらも印象的なネーミングが多いですよね。

さて、この本田技研工業という会社名のネーミングについてですが、創業者である本田宗一郎の苗字が由来であるというのは既に皆さんご存知の話だと思います。

しかし、本田技研工業の歴史や、本田宗一郎という人物像については、どうでしょうか?意外と知られていないエピソードがたくさんあるものなのです。

ここでは、本田技研工業の設立とそれにまつわるエピソード、及び本田宗一郎という人物の素顔について、見ていくことにしましょう。

知っておくと「ホンダ」という会社名が、また違った印象のものに見えてくるはずです。

本田宗一郎が静岡県浜松市に本田技研工業を設立したのは、1948年のこと。

当初は資本金100万円、従業員は僅か20名からのスタートでした。

翌年には、藤沢武夫との運命的な出会いがあり、以降は経営を彼に任せることになります。

つまり、本田技研工業は本田宗一郎が創業者ということで有名ですが、実際には藤沢武夫との二人三脚で世界を代表する自動車メーカーにまで発展し、今日の姿があるという訳なのです。

本田技研工業について語る上でよく用いられる言葉に「技術のホンダ、経営の藤沢」という言葉があります。

これは、2人の性質を実によく表わしたものであると言えるでしょう。

ところで、本田宗一郎と言えば、身内をホンダに入社させないことでも有名でした。

藤沢武夫についても同様で、ホンダは現在に至っても社員の中から社長を選ぶ方式を取っています。

身内による会社の私物化を拒み、常に社員やお客の目線から会社経営を考えていた本田宗一郎は、社員のみならず多くの国民、さらには世界中の人達の支持を受け、それは今も続いていると言えるでしょう。

ホンダという会社名がある限り、本田宗一郎の経営理念は受け継がれていくのです。

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